Powered by Blogger.
バリ伝統舞踊、ユネスコ無形文化遺産に申請済


ユネスコの世界文化遺産になると予測されるバリ舞踊が、9種類ある。無形の伝統文化遺産として申請を出してから3年が経ち、国家的にはやっと決定された。

9種類の伝統舞踊とは、バロンケット、ジョゲッ、レゴンクラトン、ワヤンウォン舞踊劇、ガンブー舞踊劇、トペンシダカルヤ、儀式用バリス、サンヒャン、ルジャンである。

バリ州文化局長デワ・プトゥ・ブラタ氏によれば、これらの舞踊はバリの舞踊芸能3種、すなわち、芸能・ブバリ芸能・バリバリハンからの代表として存在すると、19日、説明した。「このユネスコへの申請は、ジャカルタの教育文化省文化総局を通して行なわれた。後は、世界文化遺産とされるかどうかユネスコ側からの決定を待つだけだ。我々は、既に申請済みであり、ユネスコへ送る為に努力した。中央の教育文化省文化総局では、既に認められ、申請書類はユネスコに送られた。後は決定を待つのみ。」と、ブラタ氏。

インドネシア無形文化遺産として決定された舞踊の他、文化作品として決定されたのは、トゥガナンのグリンシン、エンデックバリ、クマサン伝統スタイル絵画がある。


via Tribun Bali


みんなでつくるバリ島のブログランキングバリブロへ
バリブロのブログランキングに参加しています。応援クリックお願いします。
中部ジャワ・ラウ山登山者が森林火災に巻き込まれる


中部ジャワ、マゲタンダン県出身の十数人のラウ山登山者が、大火傷を負った。内5人は死亡した。3人は避難することができたが、その内の一人は重度の火傷を、2人は軽症により、マゲタンのサイディマン総合病院に搬送された。

16日にチェモロセウ登山道は、警察、及び、森林管理側から閉鎖されていたが、十数人の登山者は、中部ジャワ、カランアニャール、チェロモカンダン・ルートを経て入山した。

軽度の火傷を負った登山者の一人、ディタ・クルニアワン氏は、17日チュエロモカンダンルートを経て、夕方6時頃から登り始めたことを認めた。「マゲタンのヨソネゴロ職業訓練高校からの友人ら12人と出発した。ラウ山の森が火に包まれ、その火に追われるようにしながら、友人達が何処に逃げたのか、全く分からなかった。」と治療を受けながら語った。

「火は、我々を追いかけるように広がっていったので、我々はバラバラに逃げ安全を確保しようとした。崖から飛び降りた者もいたし、木に登った者もいた。私は、石があっただろうところに大きな穴があり、その中に身を隠してしのいだ。それで火傷を負ったが、他の友人らの状態を見れば、まだ軽いものだったのだと分かった。第3と第4ポイントの間で、5人が燃えているのを見た。何人が助かったのか、分からない。」と、首と腕に火傷を負ったディタ氏。

地方災害防止機関の職員は、「被害者の総数は不明だ。しかし、何人かは焼死したことは明らかだ。3人は避難して助かっており、内1人は重度の火傷を負った。」と、18日述べた。

特別救助隊、地方災害防止機関チーム、警察の合同捜査チームは、夕方5時頃、ラウ山に向かって登山を開始し、18日の夜8時にはチェモロセウ・ルートの入り口まで到達した模様。

ラウ山頂上付近の森林火災は、3ヶ月前にも起こっていたため、現地警察、及び、森林管理側は16日より登山ルートを閉鎖していた。しかし、登山者は、別ルート、カランアニャール県チュロモカンダンから入山した。


via Tribun Bali



みんなでつくるバリ島のブログランキングバリブロへ
バリブロのブログランキングに参加しています。応援クリックお願いします。
ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の調和の絆


カランガッサム県ブキット村バンジャール・ブキット・タブアンは16世紀から、宗教徒らの調和を維持している。

信じるものが互いに違っていても、このバンジャールのヒンドゥー教徒とイスラム教徒は兄弟のように仲がいい。彼らは、争いをしたこともない。スラヤの山々の上にあるこの地域では、お互いに助け合って生きている。宗教徒間の調和は、不思議な霊力を持つと信じられている碑文によって一つに統合されている。

このバンジャールのイスラム教徒は、16世紀から存在する。当時のカランガッサム王、アナック・アグン・ングラ・カランガッサムにより、イスラム教徒らは、イエ・カリからスラヤ山岳部へ移住させられた。その時から、異教徒間における絆は構築されたのだ。互いに助け合い、支えあう習慣はもう日常的な事である。

「この前のサファランとガルンガンのそれぞれの宗教儀式は、共に祝った。碑文のそばで祝いの集会を交代で行なった。互いを認め合うやり方は、昔からよく知られている。」と住民は語った。

バンジャール・ブキット・タブアンのブールロカ寺院の碑文は、祖先らが代々護ってきた1日に3回祈りを捧げる‘ソラット・テルー・ワクトゥー’として伝えてきた頃からのものだという。彼らは、供え物を運んで来て、その碑文のそばで神聖な祈りを捧げる。その神聖な儀式は、農作物の刈り入れ前と後に、感謝の思いをこめて行なわれるのだ。

「異教徒間の調和は、我々が生まれるずっと前から培われてきたものだ。これまでも、また、これからもこの助け合いの慣習を護っていく。」と、マーユディン氏。

スラヤ慣習村長イ・ニョマン・マタル氏は、「ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の兄弟関係の絆は、大昔から続いている。この絆は、一つの祖先の遺産としての碑文で繋がれている。ブキット・タブアンの両教徒らは、祖先の残した碑文に対し、感謝の気持ちを伝えている。」と述べた。


via Tribun Bali



みんなでつくるバリ島のブログランキングバリブロへ
バリブロのブログランキングに参加しています。応援クリックお願いします。
自然の緑、スラヤの山が観光スポットに


スラヤの山の上に、バンジャールがある。カランガッサム県ブキット村バンジャール・ブキット・タブアンといい、97世帯が暮らしている。

住民の日々の暮らしは農業や農園での労働だ。しかし、一部の住民は、収穫で暮らしている。自然の可能性をフル活用はできていないように見える。

ここに来る人々は、料金のかからない自然の美しさを見に訪れる。このバンジャールの長マーユディン氏は、以前はカランガッサム以外からここを訪れる人々の数は、大変少なかったと話す。移動時間が非常に長く、地形はとても傾斜が激しいからだ。しかし、ここの自然が知られるにつれ、次第に外部からの訪問客がバンジャール内にある、イエ・バングスに向かうようになった。

18日、住民の一人アブラフマン氏は「車でやって来る観光客はまだまだ少ないが、1台、2台であっても、とにかく毎日ここを訪れる観光客がいる。以前は、全く静かで、今のような状態になるとは想像もつかなかった。バンジャール・ブキット・タブアンの上から眺めるパノラマは、緑が手付かずのまま保たれ、本当の自然の景色が楽しめる。」と述べた。

このバンジャールを訪れる観光客は、ここから山々の景色、アンラプラの街、海が一望できる。彼らは一人ではなく、友人や家族と共に訪れ、カランガッサムの街をここから一望する目的でやって来る。

「デンパサール・ギャニャール・タバナン・シガラジャなどから、遊びに来ている。イエ・バングスから見るカランガッサムの街の眺めは最高だ。」と、訪問客の一人は語った。

この場所は、宣伝したわけでなく、人から人への口コミで知られるようになったという。これは、周辺の商人の助けになっている。「ここは、可能性を秘めた土地である。今後、村、又は、政府にも理解してもらい、観光地として開発していきたい。」と、マーユディン氏。


via Tribun Bali



みんなでつくるバリ島のブログランキングバリブロへ
バリブロのブログランキングに参加しています。応援クリックお願いします。
買い物の釣銭に飴、消費者紛争解決機関に報告を


(財)バリ消費者擁護団体理事長プトゥ・アルマヤ氏は、インドネシア銀行の規則により、‘飴は紙幣の両替の道具にはならない’と、18日デンパサールで述べた。

「何かを購入した時、その釣銭代わりに飴で返してはならない。インドネシア銀行に‘公式な貨幣両替の道具は貨幣である’という規則がある。よって、貨幣の代用に飴で返すことは、規則違反である。」デンパサール・レノンのバジュラサンディ広場で催された‘自由発言演説’で述べた。

氏は、消費者がこのような事柄を経験した場合には、(財)バリ消費者擁護団体、または、消費者紛争解決機関宛に、それを報告する事ができると述べた。

「バリには、消費者紛争解決委員会、いわゆる、一般訴訟機関がある。だから、ここへ報告すれば審議に持ち込むできる。裁判に持っていけば弁護士を雇わなければならないが、この場合はそれがない。もちろん料金もかからない。」と、同氏。

この団体はバリ州に既に3箇所ある。デンパサール市はムラティ通りに、バドゥン県は中央政府産業・商業・生協局内に、また、カランガッサム県にもある。「バリで困った事、ガス・水道・電気などで苦情がある場合は、黙っていないで消費者紛争解決委員会に報告して欲しい。(財)バリ消費者擁護団体からの我々は、アドバイザーになっている。だから、遠慮なく個人でも団体でも構わない。直接、消費者紛争解決委員会に申し出た場合は、無料で審議に持ち込むことができる。」と、同氏。


via Tribun Bali



みんなでつくるバリ島のブログランキングバリブロへ
バリブロのブログランキングに参加しています。応援クリックお願いします。
ベノア湾、韓国のセマングムをまねて構築される?


ベノア湾活性化プロジェクトは、世界で最大の埋め立てプロジェクトとなった韓国のセマングムの成功を模倣することが望まれている。

「ベノア湾は、環境活動家に当初反対されたセマングムと似ているが、そのプロジェクト終了後は、韓国の人々の誇りとなった。」18日、バドゥン県タンジュンベノアでの記者会見で、コリアパーク記者協会会長チョン・リュル氏は述べた。

この希望は、PT. ティルタ・ワハナ・バリ・インターナショナルの代表取締役ヘル・ダルソノ氏との、ベノア湾再活性化プロジェクトについてのディスカッションの際、パーク側から伝えられた。

この時の話し合いには、ベノアのテラガワジャ河川にマングローブの苗を植える活動に参加した、バリマングローブ保護フォーラムの使節となった代表的な10社のメディアも参加した。

この席でヘル氏は、「現地自治政府の支援でセマングム地域を構築した韓国の成功から学んだが、方や、ベノア湾は民間だ。同じところは、環境に優しくローカルコンテンツを利用することだ。韓国メディアの幹部の意欲に対して評価することは、韓国でマングローブ保護フォーラムの親善大使となった事。全てのメディアが、マングローブの森を守り育てる事の大切さに手を差し伸べようとしてくれていると、私は評価している。」と、述べた。

セマングムは、政府と環境地域活動家らとの間で長期に渡る話し合いの末、2006年4月27日に地方自治政府によって構築された、韓国の黄海にある、世界で最大の埋め立て工事の一つである。その工事の目的は、産業と農業の為に必要とされる土地を確保する事であった。埋め立て工事は1991年から始まり、環境地域活動家によって阻まれたが、埋め立てが終了し、その結果400平方キロメートル、又は、ソウル市の3分の2倍、或いは、ニューヨークのマンハッタンの街の5倍、パリの街の4倍の広さの土地を獲得した。これは、歴史的に最も長期で、最も規模の大きな埋め立て工事となった。

セマングムの防波堤の長さは33.9kmで、最も長いものだ。2010年の8月2日に、セマングムは、人間が作った防波堤で最も長いとして、ギネス世界記録に登録され賞を得た。

この工事は、これを構築した韓国の技術者らの誇りとなった。建築方法には、環境に優しい方法がとられた。陸地を作る為の材料は、費用の面でも最小化し、節約できる他の陸地から材料を取ることは環境に危険を及ぼすので、海底の砂を使った。

工事終了から15ヶ月間の間に、セマングムを訪れた観光客は既に1,000万人。平日は平均1日に1万人、週末には3万人の観光客が訪れているという。


via Antara Bali (Photo : Tribun News)




みんなでつくるバリ島のブログランキングバリブロへ
バリブロのブログランキングに参加しています。応援クリックお願いします。
チャロナラン劇、ランダ役の若者が死亡


15日、ジュンブラナ県ムンドヨ郡テガルチャンクリン村デロッド・バレアグンにあるイ・クトゥ・ガヤダ氏(49)の家は、悲しみに包まれていた。

ガヤダ氏は、12日に公演があったチャロナラン劇の中のランダ役として舞台に上り、劇の流れでクリス(剣)で刺されて、解剖に持ち込まれた息子の遺体について、親戚らと自宅の一角で話していた。

彼らは、被害者が死亡したのは、長く患っていた胃酸過多と胃の病によるものだと言う。親族の一人は、被害者はチャロナラン劇の公演に、ランダ役として既に10回以上出ていると言った。また、中学2年になって、ランダ役になるよう目に見えない存在からの啓示を得たことで、学校に通うのをやめたという。それから、被害者はプマンクーである父親に伴われ、頻繁にチャロナラン劇のランダ役として公演に出るようになった。

「12日夜は、ムンドヨ郡ポーサンテン村のジャティルイ寺院で公演があり、彼はいつものようにランダ役となった。我々家族は、事前に何の兆候も感じることなく、悪い夢も見ていない。」と、語った。「彼の死はクリスで刺されたことが死因、という情報は正しくない。実際に刺し傷はあるが、3針で綴じられるほどで決して深いものではない。死因は、胃病と胃酸過多である。診療結果もここにある。」と、20日に控えた葬式の準備をしながら説明した。

当日00:30未明、被害者は既にプングランチャブと呼ばれる、クリスでランダを刺す役割の役者達に囲まれていたところだった。始めの刺す場面は問題なく進んだが、悲劇が起こったのは2度目の刺す場面での事だった。クリスで刺された時、ランダ役に扮した被害者は、地面に直接崩れ落ちた。衣装は血に染まり、劇は中途のまま中止された。被害者は、そのままヌガラ地方総合病院に運ばれ、治療を受けた。

ムンドヨ警察署長は、犯罪課長と共にこの事実を明らかにした。ヌガラ地方総合病院で治療を受けた際、被害者の胃の左部分に刺し傷が約1cmあったが、3針縫って帰宅した。翌13日、被害者が嘔吐を繰り返したため、再びヌガラ地方総合病院に戻った。レントゲンを撮って更に詳しく調べたところ、刺し傷は胃までは到達しておらず、そのまま入院し様子を見ることになった。しかし、14日午後7時半頃、病院で息を引き取った。医療チームによれば、死因は胃酸過多によるものと診断された。


via Tribun  Bali



みんなでつくるバリ島のブログランキングバリブロへ
バリブロのブログランキングに参加しています。応援クリックお願いします。

参加ユーザー