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【特集】 ローカル街歩き ~デンパサール編その1~ 


デンパサール?ええと、デンパサール空港というが、空港があるのはクタ地区であって、デンパサールではない。デンパサール、デンパサールと耳にはするが、実際、デンパサールという街は、一体どんな街なのだろう?実は、行った事がないという人もいるのでは?

デンパサールとは、州知事庁舎をはじめ州政府官庁のあるバリの中心であり、ここには地元住民の台所とも言える最大の市場もある。バリ島観光はクタやスミニャック、ヌサドゥアだけじゃない!


さあ、ディープなバリ庶民のセンター街、デンパサールについてもっと知ろう!



<市場~ティアラデワタの巻>



ローカル街歩きデンパサール編その1は、庶民の台所‘パサール(市場)’から出発だ。
ここは、島最大の市場であり、毎日毎日朝日が昇る前に、島内各地方、或いは、隣島から様々な品物が一斉に集まってくる。食品・雑貨・儀式道具・衣料など、地元の人々の生活必需品だけでなく、ホテル・レストランなど観光客の為の食材までが勢ぞろいする。ここから更に各地区の小規模市場や、売店へと買われていくのだ。 

デンパサールには、バドゥン市場(Pasar Badung)とクンバサリ市場(Pasar Kumbasari)が川をはさんで隣接され、賑わっていたのだが、数ヶ月前に3階建てのバドゥン市場は火災で全焼し、現在は、再建されるまで暫定的に別の場所に移転している。チョクロミノト通りJl.Cokrominoto(元ティアラグロシール、ハリスホテルのはす向かい)のスーパー跡で営業を開始した。







鮮魚貝類・精肉・野菜・果物・菓子・調味料の他、衣料・儀式道具や花、線香・料理道具などが所狭しと並んでいる。ここには定価はない。すべて交渉で売買が行われ、人と人とが直接、より人間的にやり取りをする。様々な臭いがたちこめるが、色彩と活気、人々の逞しさを肌で感じる場所でもある。







「もちろん、全部燃えちゃったよ、ははは、ぜーんぶ!バドゥン市場からこっちに移って、以前のようには売れなくなったわね。この場所を知らない人もいるからね。早く、元の場所に戻りたい。」と、豪快に笑う売り子の女性。彼女たちは、買い手が何かを買っていくまで、あれこれを(他人の店の物まで)勧めながら、世間話を楽しむ。バリの台所、生活の源に来なければ‘バリ通’とはいえないだろう。



早起きして、買い物をして一息つくと、腹もそろそろすく頃だ。バドゥン市場の近く、ワヒディン通り(Jl.Wahidin)に入ってすぐの右並び(タムリン通りから来ると、ガジャマダ通りと反対側、左折した道)に、知る人ぞ知る‘お粥屋’ワルン・カルティニ(Warung Kartini)がある。一方通行だから、ともすると通り過ぎてしまうのでゆっくり行こう。



ワルンカルティニは、早朝から午前10時で閉店という、誠に潔い、市場の客や早朝ランニングの人達の為にあるような極小さな食堂だ。でも、お客はやはりひっきりなしに入ってくる。テイクアウトしていく人もいる。


白粥に錦糸卵やねぎが乗っているだけのシンプルなもの。しかし、この白粥、だしがきいていて何とも旨い。腹にやさしく芯から温まる嬉しい一杯だ。




バドゥン・クンバサリ市場の入り口は、ガジャマダ通りJl.Gajahmadaに面している。この通りの建物には歴史を感じる。店の上に住居がある‘ルコ=Rumah-Toko’という形態のはしりだろう。メガネ・帽子・民族衣装クバヤ・ベビー用品・建材などの、古くからの専門店が立ち並ぶ。買う物がなくても、ちょっとのぞいてみるのも面白い。





細い路地は、ナシジンゴ(Nasi Jinggo)発祥の場所だ。立ち寄った音響部品屋に入ったら、店の片隅にフリーザーを置いて問屋価格のソーセージを売っていた。音響部品とソーセージ・・・、これほど関係のない品物を、同じ店内で平気で売ってしまうところが何ともデンパサールなのだ!



建物の壁の空いているスペースには、大抵、絵が描かれている。これがまた、独特なアート。そう、デンパサールに住むバリ人も、アーティストなのだ。絵画はウブドだけじゃないぞ!





ガジャマダ通りの橋を渡って更に東へ向かうと、道のど真ん中にチャトール・ムカ(Patung Catur Muka)、所謂、四面像が出て来る。この右角にはデンパサール市庁舎がある。そして四面像の噴水を越えると、右手には緑の広場が現れる。ここが、かのププタン広場(Lapangan Puputan Badung)だ。



1945年終戦後独立を果たした翌年1946年、インドネシアに、かつて2年間日本軍が入る以前に、350年という長い間植民地として居座っていたオランダ軍が、日本が敗戦したことで、再度攻めて来たのだ。ププタンの戦いでは、一般民衆がオランダ軍の銃に屈しず、竹槍だけを構えた物凄い数の住民が列を成して立ちはだかった。前列が銃で撃たれると、その後ろに控えた者が槍を構える。その列が撃たれると、その後ろ、その後ろ・・・さすがのオランダ軍も脅威に慄いたという有名な実話の残る、その舞台がこのププタン広場である。




記念像は建っているが、今では明るく美しく整備された庶民の憩いの場所になっている。学生・老人・子供・仕事の合間に休憩に来る者・ジョギングや体操する者が、三々五々集う。



‘履物をぬいで’という立て札の立った石畳には小石がわざと立てて埋め込まれており、素足で歩くだけで足裏マッサージができるようになっている。イテテ、イテテ、、、と思わず変な歩き方になっていると、地元のおじさん、おばさんが、優しいまなざしを向けてくれる。休みの日や、週末には、様々なイベントも催されている。



この広場から道を挟んで東側には、ジャガッ・ナタ寺院(Pura Jagat Natha)とバリ博物館(Museum Bali)がある。満月や新月など特別な日には、各地からヒンドゥー教徒が祈祷の為にやって来る寺院だ。見上げるような真っ白い祠の最も高い所に、金色の‘アチンティア(ヒンドゥーの唯一神)’が光り輝いている。




バリ博物館には、大昔からのバリの歴史の流れや、宗教儀式について物語る貴重な品々が展示してある。バリ独特の建造物も見事だ。日本語が片言話せるガイドもいる。開館時間は、月-木曜 8時~15時、金曜 8時~12時30分。休館日は、土曜・日曜。


ヴェテラン通り(Jl.Veteran)には、鳥市場(Pasar Burung)と呼ばれる動物市場もある。飼い犬がいなくなったら、この市場へ探しに行け!という信じがたい話もある。鳥だけでなく、犬・猫・金魚・熱帯魚・亀・カメレオン・・・様々な動物とそれらの餌、ゲージ、カゴ等が手に入る。敷地の一角には、宝石や原石を磨いているコーナーがあり、気に入った石を選ぶと、その場で指輪や腕輪を作ってくれる。




ヴェテラン通りを左折し一本奥に入ると、アルジュナ通り(Jl.Arjuna)がある。この通りには、現地では有名なサテ・プリチン(Sate Pelicin)を売るワルンがある。その他、軒並みゲーム屋が多い通りだ。アルジュナ通りがガジャマダ通りにぶつかった信号を直進すると、スマトラ通り(Jl.Sumatra)だ。サラックという果物の専門店が並んでいる。その先、左右に分かれる道を左折すると、ハサヌディン通り(Jl.Hasanudin)。この通りには、古くからの電気屋が立ち並ぶ。突き当りを右折すると、マイジェン・ストヨ通り(Jl.Mayjen Sutoyo)に入る。



その先、左右に分かれる道を左折すると、ハサヌディン通り(Jl.Hasanudin)。この通りには、古くからの電気屋が立ち並ぶ。突き当りを右折すると、マイジェン・ストヨ通り(Jl.Mayjen Sutoyo)に入る。




小さな橋を渡ると、左側に薬問屋アポテック・アディ・グナ・ファルマ2(Apotek Adi Guna Farma 2)がある。医薬品の高いバリでは、安く薬が手に入る店として、地元では重宝する店の一つ。昼でも夜でも人がいっぱい!




更に直進すると右手に花屋が軒を並べる。冠婚葬祭時の配達もしてくれる。



ここまで来たら、折角だからティアラ・デワタ・スーパーマーケット(Tiara Dewata)へ入ろう!縞々のズボンをはいたゾウさんがトレードマークの地元スーパーだ。ここでは、観光地のスーパーとはまた違った庶民の匂いがする。庶民好みの食べ物や衣料品、日用雑貨が売っているスーパーの他、ゲームコーナーからフードコート、スイミングプールまであるのだ。地元庶民の好みの傾向が楽しめる。







ランチには、フードコートに立ち寄ってみよう。小さな食堂の集合体だから、色々な地方の料理が選べる。食べたい料理を選んで会計で報告しつつ先に支払い、レシートを店に持っていくと、料理を作って席まで運んでくれるというシステム。



腹が落ち着いたら、デザートにドーナッツ。ちょっと重いかと心配することはない。ジャガイモで作ったドーナッツDonuts Kentangのできたては、ふんわか柔らかな食感で、ついついもう一個と手が伸びてしまう。お勧めの一品。






デンパサール編その1は、ここまで。次回は、これまたディープなデンパサールの街をご案内しよう。

1 件のコメント:

  1. ティアラデワタ 結構しょっちゅう行ってます。オシャレ度ゼロだけど 生活密着型スーパーで 面白い。週末に家族で食料買出しに行きつつ フードコートで食べたり ショッピングで掘り出しモノを見つけたり。オススメでーす。

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