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バリの公共の乗り物、ベモ -1977年-


‘ベモ(ベチャック・モトルの略)’は、公共の乗り物として普通に使われた3輪車両だ。ベモは、スポーツイベントを盛り上げる新興国競技大会の為、ジャカルタで1962年にインドネシアで初めて披露された。ジャカルタで流行した後、ベモはインドネシアのバリ州を含む地方都市へも流通を開始。

ベモとは、ダイハツから出た車両の一つだ。このメーカーは、以前は小型三輪トラックの生産者として流行っていた。トヨタが1954年(トヨタエースが流行った年)に四輪トラックを発売した後、ダイハツの三輪トラックの需要は急激に落ち込んだ。

そこでダイハツは、革新的な三輪車両を開発した。そして出てきたのが、1957年に発売開始となった、ダイハツ・ミゼットだ。ダイハツ・ミゼットは、アジア諸国に輸出され、インドネシアにも入ってきた。そして、インドネシアで初のダイハツ車両が登場した。それが、ダイハツ・ミゼット、つまり、ベモだ。

残念なことに、現在ベモは町の交通システムから沢山消えていった。何故なら、もう古臭く、安全でなく、排気ガスは空気を汚すからだ。それでも、‘ベモ’という名前は、バリの人々の間で親しまれている。その証拠に、何か公共の交通手段を使いたいとき、実際乗る乗り物がベモとはかけ離れた形のものであっても、皆、簡単に‘ベモに乗りたい’と表現する。

ベモの忘れがたいユニークなところは、乗客の座席の位置だ。何故なら、この車両の故郷日本では、ベモは荷物の輸送にしか使われない。だから、我々の国に輸入されてから座席を取り付ける際、空間がとても狭かった。人を運ぶのに、最高でも8人、即ち、後ろ6人に前には運転手を含む2人。だから、後ろの座席では皆膝をつき合わせ、ぎっしりくっついて座らなければならなかった。

最終的には、ベモの乗客には、特に、甘い思いでが残る事になった。ベモでひざを突き合わせていた男女が、恋人同士になったりしたものだ。

もしかして、そんな夫婦があなたの周りにもいるかも・・・!


via Sejarah Bali



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