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視覚障害者の少女、陸上競技のメダリスト


‘善行と達成の為には、限界をものともしない’。これは、デンパサール障害者専門高校3年生のマデ・アリヤンティ・プトゥリさん(19)が証明したことだ。プトゥリさんの達成とは?

ギャニャール県スカワティ郡出身のこの少女は、小さい頃から視覚障害者というステータスであった。しかし、プトゥリさんが多くの達成を得るなどということを、誰が想像できただろう。

これまで、地域レベル、国体でも、参加した陸上競技選手権で、金メダルを何度も獲得。ジョグジャで2009年に行われた大会では、プトゥリさんは、金メダル、及び、銅メダルを獲得した。リアウで2012年に国体パラリンピックに参加した際にも、金メダルを獲得。2013年のアジアユースパラゲームでは、銀・銅メダルを獲得。2014年の州パラリンピック大会では、3つの金メダル、2015年国体で、再び金メダルを獲ったのだ。

プトゥリさんが運動を趣味とし始めたのは、12歳の時。この時から、スポーツの世界にのめり込み、熱心になったという。視力に限界がある事で、スポーツをする事が可能か、不可能か、自信を失った時期もあった。しかし、疲れを知らず、積み重ねた練習のお陰で、プトゥリさんは様々な賞や金・銀メダルを獲得し報酬を得てきた。

「初めは困難が沢山あったが、練習を続けて出来るようになった。」と、3日、デンパサールのドゥリアラバ教育財団で、プトゥリさんは語った。

幼い頃、まだ、障害者専門学校、及び、ドゥリアラバ教育財団に入る前は、この陽気な少女は、自分が視覚障害者であるということを認めることが出来なかったという。その頃は、他の同世代の子供たちと同じようであった。生まれた時から既に視力に限界があったというのにである。

プトゥリさんは、生後6ヶ月、2歳半、そして、最後に15歳になった2011年と、3度の手術を受けた。「小さいころは、私は視覚障害者ではないとよく言っていた。でも、医者から説明を受け、どこが正常ではないのか視力に限界があることが分かった。自分では視覚障害者ではないと思っていたので、障害者専門学校に通う事を嫌がった。普通の学校ならもっと賑やかだから。」と、プトゥリさん。

しかし、少しずつ学校の環境に慣れ、今では快適であると感じている。夢は障害者専門小学校の教壇に立つ事だという。


via Tribun Bali



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