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30人のバロン・ダンサーとクンダン奏者の競演


26日、ギャニャール県テガルタム慣習村のバンジャール・テガルタムでは、スマル・プグリンガン・ガムラン独特の伝統音楽の旋律が鳴り響いていた。バロンダンスのダンサーらと、クンダン(太鼓)奏者で繰り広げられる自由な競演が始まっていたのだ。

バリの様々な地域から集まったバロン・ケットのダンサー30人とクンダン奏者30人が、『バトゥブラン・バロン・フェスティバル』というイベントに出場した。バトゥブラン・テガルタムSTTによって開催された舞台と競演は、40年の創立記念を祝ってのイベントである。

「初めは、彼らはバンジャールからのパッケージ、いわゆる、団体としての申し込みであったが、そのうち、我々は混ぜこぜにした。だから、彼らクンダン奏者と踊り手はパートナーではなくなった。参加している者で、新たに面識の無い者同士の組み合わせを作っていった。同フェスティバル実行委員長イ・グスティ・ングラ・チャハヤ・ヌガラ氏は説明した。

文化人であり、デンパサール芸術研究大学のイ・ワヤン・ディビア博士も、このイベントを訪れていた。ここ5年続いている、踊り手とクンダン奏者の間で演じられる、この自由な競演のコンセプトは、自由創造の訓練であり、踊り手、及び、クンダン奏者の互いの反応力の訓練でもあると述べた。

「これは互いに挑み、交流する為の彼らの訓練である。一般的な公演では、クンダン奏者は同じバロンになるとは限らないからだ。だから、彼らは、バロンの踊り手がどのように踊ろうと、それにあわせて演奏しなければならないので、そのためには練習が必要。逆に踊り手も、クンダン奏者がどのように伴奏をつけてくれるのか、知る必要がある。」と、ディビア氏。

バロン・ケットの発展は1970年代から始まり、現在までかなり急速に伸びた芸能だ。同バンジャールの役職を持つワヤン・スウェチャ氏は、バロン・ケット芸術家らによるイノベーションは、かなり創造的で、確かにバトゥブラン地域の代名詞になる芸能として生かされてきたと述べた。

「バロン・ケットは、時代から時代へと変化し、発展している。バロンの創造活動は、沢山ある。今も、創造者の先生の教えから、以前との差は明らかに見られる。」と、スウェチャ氏。しかし、その中でもバロン・ケットの踊り手には、守るべき約束事がある。


この個人的創造は、現代のイメージにあうダンスの型に違いがある。昔は、もっと動きがモノトーンであったが、今はもっとバリエーションが増えている。「フロアフォーメーション、振り付け、構造、及び、そして、精神性などのサポート規則、音楽の誘導、衣装、装飾等は、しっかりと維持されなければならない。」と、スウェチャ氏。


via Tribun Bali



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