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子供の手を引きながら川を渡る女性 -1975年-


昔も今も、男女平等と頑張りに関して、バリの女性の生き様について論議は絶えない。公平と言う事について、彼らは一体どう感じているのだろうか?弱く、無口で、後方に控えるバリの女性がいるだろうか?または、逆に、男女が平等に扱われる為に、女性として声をあげた勇気ある積極的な女性がいただろうか?

‘昔’のバリ女性は、はっきりと物を言う勇気ある女性達だった。証拠?彼女らは勇気を持って、教育、又は、社会的行動を通して、同性を守る社会的組織を形作り協力し合った。

この世界にある全ての生は、女性そのものを切り離しては成り立たない。我々が歩んでいる人生の全ての基となるのも、我々を生かすことに己の命を賭けることが出来る、それほど強い一人の女性からこの世に産み落とされているのだ。それは、つまり一人の‘母’の存在である。

バワントゥ・スクヒナーの家族を構築した一人の母:「母の顔は常に光を放ち、家族の中を幸せで満たす。しかし、その顔が暗ければ、全てが暗くなる。」マナヴァダルマサストラIII.62.の一節である。

我々が‘母’を語るとき、母・父・子供2人の家族を思い浮かべる。これは、2つ目のステップである。始めのステップは、独身時代で、学問を追及し、同時に人としての心と体を開花させる時期。そして、心身ともに成熟すると、彼らはグラハスタスラマと呼ばれる家族を形成する段階に入る。

しかし、このように高貴な一人の‘母’の役割以外に、我々を成長させ教育を与える為の愛情と努力、物凄い我慢強さと誠実さも持っている。このように、一人の女性がこの世にある生きとし生けるものに対する、影響は大きいのだ。だから、我々は‘母’を、我々の日々の生活の中に存在する母、或いは、妻を尊敬すべきである。

母の日の到来を待つ必要は無い。その時々に、母を愛する気持ちを表現しよう。


via Sejarah Bali



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